映画

【映画考察】ミッドサマー 90年に一度の祝祭は嘘?【ネタバレ】

本記事は、『ミッドサマー』に関する考察記事です。作品の重要なネタバレを取り扱っております。こういったものに、免疫のない方の閲覧はお控えください。

本記事を閲覧することによって、起こり得た事象については責任を負いません。

予め、ご了承ください。

「恐怖」とは

恐怖とは、理解できないもの、わからないもの、知覚できないもの、

そして対処できない「もの」である

解説

長編デビュー作「ヘレディタリー 継承」が高い評価を集めたアリ・アスター監督の第2作。不慮の事故により家族を失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人たち5人でスウェーデンを訪れた。彼らの目的は奥地の村で開催される「90年に一度の祝祭」への参加だった。太陽が沈むことがないその村は、美しい花々が咲き誇り、やさしい住人たちが陽気に歌い踊る、楽園としか形容できない幸福な場のように思えた。しかし、そんな幸せな雰囲気に満ちた村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安、そして恐怖により、ダニーの心は次第にかき乱されていく。ダニー役を「ファイティング・ファミリー」のフローレンス・ピューが演じるほか、「トランスフォーマー ロストエイジ」のジャック・レイナー、「パターソン」のウィリアム・ジャクソン・ハーパー、「レヴェナント 蘇えりし者」のウィル・ポールターらが顔をそろえる。

出典:https://eiga.com/movie/91493/

監督 アリ・アスター
脚本 アリ・アスター
製作 パトリック・アンデション/ラース・クヌードセン
撮影 パベウ・ポゴジェルスキ
美術 ヘンリック・スベンソン
衣装 アンドレア・フレッシュ
出演 フローレンス・ピュー/ジャック・レイナー/ウィリアム・ジャクソン・ハーパー/ウィル・ポールター/ウィルヘルム・ブロングレン/アーチー・マデクウィ/エローラ・トルキア

評価

総合評価
怖さ
面白さ

予告編

映画『ミッドサマー』はどこで見れる?

『ミッドサマー』の映画館(上映館)

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注意:下記よりネタバレです

 

 

 

登場人物

ダニー

不安定。抗不安薬を服用している。双極性障害の妹により、両親が一家心中に巻き込まれ、孤独になる。彼氏・クリスチャンとの仲は良好ではない。スウェーデン行きに誘われ同行する。

クリスチャン

ダニーの彼氏。大学の友人たちとスウェーデンに行く。「誰かがそばに居てやらないと」とは思うものの、彼女の持つ不安定さから、どうしていいか分からない優柔不断さを持つ。

ペレ

クリスチャンの友人。スウェーデンのホルガ出身の留学生。ダニーに対して、スウェーデンへ来ることを歓迎している。なぜか一行にホルガ村の習性や土着(精霊)信仰の詳しい説明をしていない。

ジョシュ

クリスチャンの友人。大学の論文に夏至祭、とりわけホルガ村の夏至祭をメインテーマに情熱を燃やしている。ダニに睡眠薬を分けていた。ルビー・ラダーと呼ばれるホルガ村の聖書に興味を持ってしまうが…。

マーク

クリスチャンの友人。まさに愚かな大学生らしい大学生。劇中では、大木に立小便をしてしまう。

サイモンとコニー

イギリス人カップル。ホルガ村の風習の一部を見た際に、文化の差異を感じ、帰国しようとする。

あらすじストーリー

ダニーとクリスチャンのカップルは、破局寸前だった。ダニーは不安定で、クリスチャンは「誰かがそばに居てやらないと」と思う気持ちがあり、なかなか別れを切り出せずにいた。

ある日、ダニーの妹が一家心中でダニの両親共々一酸化炭素中毒で亡くなってしまう。慟哭の中にいるダニーに、スウェーデン行きを提案するクリスチャン。そして一行と共に、スウェーデンへ向かう。

そこは、90年に一度、9日間の大祭を開く不気味な村【ホルガ】だった。

考察1.ネタバレ絵画

タペストリー

ご覧の通り、夜から始まり昼(白夜)に(または冬から夏へと)終わる、この絵こそ、映画『ミッドサマー』そのものを予告している。

順にいってみよう。

死と家族

まさしく一家心中してしまったダニーの妹と両親のこと。

木から見守るペレ

ペレは、ダニーとクリスチャンの関係のことをどう見ていたのだろうか。穿った見方をするなら、見守っているのではなく、監視にも見える。ペレの監視については後述。

ハーメルンの笛吹き男に連れられる一行 / オズの魔法使いの一行

木の上で見ていたペレがホルガ村へ先導している。そこは黄色い花の道。順番に見ると、

  • 家族を欲しているダニー
  • 優柔不断で弱気なクリスチャン
  • ホルガ村の習性に気を取られがないジョシュ
  • 脳なしマーク

うーん、オズの魔法使いに登場する人物にも見える。

アリアスター監督が『ミッドサマー』のことをこのように語っている。

“a Wizard of Oz for perverts.”(変態のためのオズの魔法使い)

やはり意図的なものといっていいだろう。

飛び降りる2人

輪廻を廻るために、崖から飛び降りた男女老人2人の儀式のことですね。劇中ではアッテストゥパン(=絶壁)と呼ばれていました。『ミッドサマー』においては、重要な儀式であり、死生観のひとつですね。(考察:アッテストゥパンで詳しく述べます)

ダニーの部屋の絵画

一見、可愛らしい絵画に見えますが、物語のラストをネタバレしてしまっているのです。

冠を被った女の子=ダニー

熊=クリスチャン

ホルガ村にある絵

これらは全て、近親相姦によって生まれた【ルビン】という子による作品という設定。

女性が陰毛を切り取り、男性に渡し、男性は目を回し、(妊娠し)幸せになるという流れのようです。

なぜか右から左へと逆方向に読む絵です。

考察2.ダニーの煙への恐怖

ダニーは妹と両親を同時に亡くしている。一家心中なのに、ダニーは置いてけぼりにされている。

その方法が、ガスを使用した一酸化炭素中毒によるものだからなのか、ダニーは異様に煙を避け、オーガニックな薬物を吸おうとする行為にも後ずさりするわけです。

同じタイミングでキメたい一行からすれば、付き合いが悪いと思われますが、ダニーからすれば『家族の死』=『置いてけぼり』を連想されるものなのです。 ただ薬物に抵抗があるのではなく、『恐怖』の対象にほかならないから、避けているのです。

考察3.北欧神話と「9」

北欧神話

90年に一度の、9日間開催される祝祭で、9人の生贄を選択する。

ここまで「9」という数字を全面に押すホラー映画は多くはないでしょう。タイトルの文字数も9文字という徹底ぶり。

キリスト教圏では、完全な数字の7から1を引いた6が忌み数として、また、13は裏切り者の数字としてホラー映画の鉄板ネタです。ですが『ミッドサマー』のホルガ村は、とことん「9」推しです。

クリスチャンたちがスウェーデン行きの話をしているシーンでは、「スウェーデンの女性は昔ヴァイキングが囲ったために美人が多い」という冗談を言っているが、これも伏線。

「始祖ユミル」という単語が登場したあたり、9つの世界がある=世界樹があるのが当たり前の土着信仰が考えられます。(雌雄同体の巨人から生まれた人類とか)

なので、中盤でマークが放尿してしまった大木のことを「先祖」と呼び、その愚行に対して激怒するのも無理はないのです。

なぜならそれが北欧神話に登場する9つの世界を結ぶ『世界樹ユグドラシル』だから。

だからマークは『愚か者』として絵にも描かれているわけですね。そして、愚か者にふさわしい末路へと導かれていきます。(=スキン・ザ・フール)

考察4.死生観

アッテストゥパン

アメリカからスウェーデンへ、そしてホルガ村へ来てから「いつ怖い場面が来るんだ」と待っていた方は多いはず。監督は不完全で不安定なものが好きなので、そりゃあ焦らします。ドSは究極のドMのような感じ。

アッテストゥパンの前に、「1歳から16歳は春、17歳から32歳は夏、33歳から52歳は秋、53歳から72歳は冬」だと説明されます。

72歳を超えるとどうなるのか?

冬は春へと継がなければなりません。なので、アッテストゥパンの儀式が必要なのです。「神との契約により犠牲を払うことで得られる秘密」といった内容の9つのルーン文字が刻まれた石版に自身の血を擦りつけ、その後崖下へと落下し身を捧げるのです。そして、捧げた人の名前を新たな子供に継がせる。輪廻転生のような村システムですね。一定の人口数を保つために様々な努力をしているんでしょう。

いわゆる口減らしや姥捨てに近いものと呼ばれてたりします。

アメリカからきたクリスチャンやジョシュたちは、人類学か民俗学を専攻していたはずなので、驚きはするもののそこまでパニックにはならず、「これも一種の文化なんだろう」といった反応しかしません。異国の風習に口を出さず、とりあえずそっとしている不思議な空気です。

しかし、イギリス人カップルはそういうわけにもいかず、いきなり飛び降り自殺だの、2人目は即死しなかったためにハンマーで4人がかりで交代してしっかり殺す行為などに対して、そりゃ「どうして誰も止めないんだ」と大声も出します。これに対して村人たちは不気味に泣いたりはするものの、すぐさま神妙な顔ですから、不気味に見えます。

あのキレイな夏フェスにきたような、ファンシーな感じはどこへ?というギャップが凄まじい。そして今までが白色だったり自然的な色が多かったために、血の色が映えますね。

ダニーからすれば、崖のシーンは『死』を連想させられるもので、一家心中した家族のことを想起しないほうがおかしいのです。なので、その直後に一人で悲しみにふさぎ込んでしまうわけです。ペレがなぜアッテストゥパンを知っていてダニーに見せたのかは後述。

死は安らぎ≒報酬

アッテストゥパンだけでは、椅子取りゲームのように老いた者から順に死ぬだけに見えますが、最後に9人に生贄を選ぶ際に立候補した村人がいることからみて、『死』は報酬のような立ち位置にいるのかもしれないです。

考察5.嘘と洗脳

実際には嘘だった?

それは、「90年に一度」というフレーズ。

90年に一度行うものとは、『ミッドサマー』においては一体どれだったのか?

アッテストゥパンか?90年に一度のスパンだったならば、寝たきりの老人が増えるだろうし、わざわざ飛び降りる行為も単なるカルト的な意味合いしかないわけで、それだと村人たちが少しくらいは(新鮮という意味で)ショックを受けてもいいはずなので、90年というスパンは長すぎる。もっと定期的に行っている顔に見える。

『9人の生贄』か?おそらくこれも違う。ホルガ村の生贄に立候補するのも、アッテストゥパン同様恐怖や戸惑いを感じてもいいはず。カルト集団の洗脳とはいっても、見たことのないものなら驚きはするだろうし、おぞましい光景にはもっと習慣化されていなければ立候補なんてしないだろう。

なので、ホルガ村の90年に一度というフレーズは嘘だろう。

ペレの策略

ペレはハーメルンの笛吹き男として絵画に描かれている。故郷のホルガ村に血(生贄)と女王(ダニー)を誘導してきた存在として、ホルガ村に貢献している。

ペレはホルガ村出身だからこそ、交換留学先のアメリカにおいて自分の出身地のことを詳しくは言わない。これはわかる。

だが、ホルガ村に案内しておいてアッテストゥパンのことや、生贄、先祖である大木、子孫を作るためのシステムについて何も言わないことはトラブルの元だとわかっていたはず。でも、目的があったからあえて言わなかったのではないか。

これは考えすぎかもしれないが、絵画で木の上からダニとクリスチャンを見ているペレは監視者にも見える。破局しそうなカップルを利用して、片方を外部から取り入れた子孫繁栄の子種要員にしその後の生贄に、もう片方をメイ・クイーンに仕立て救いあげて自分(あるいは村)のものにしようとしたのではないか。

そのために、ダニーの家族を一家心中へと誘導した、なんてことはないだろうか。そのほうがダニーを独り占めにできるし、ダニーを救えるし、何より村にも貢献できるからだ。

つまり自分本位に動いたのではなく、善意による結果のために動いていたのではないだろうか。(キスしてたのは祝福か、ダニーを独り占めできるから嬉しさのあまりついしてしまっただけか…?)

気軽な洗脳とトリップ描写

オーガニックな薬物といえば、キノコ。見ていて変な薬物をキメたような、まさに映像ドラッグな描写が多々あった。特に、ダニーが見るもの。

ダニーの足は地面と一体化したように見えたり、メイポールダンスでメイクイーンになったときには、花がそれぞれ別個体として生きて呼吸しているような、サイケデリックな描写だった。

ホルガ村の村人のみならず、それ以外に対して村の文化を続けたい強い意志を感じたので、「薬を使って思考力を奪った」ように見える。

ルビー・ラダーというホルガ村の聖書は全てルーン文字で書かれ、それを書く者は「先入観を入れないために」(意図的に近親相姦によって生まれた)先天的な障害を持った人(劇中では『ルビン』という人物)と決められている。

ルーン文字はいたるところに出てくるが、聖書が秘伝のタレのように書き足されるというものにひっかかった。

ルーン文字が日常生活で頻繁に使われているとして、それを書く者=ルビンは先入観がない。であれば、なぜ村の家屋の中に置かれているタペストリーの絵に、ホルガ村らしくないハートマークが描かれているのか。

徹底的にしているのに、なぜか一部がほかの文化に寛容だったりする。

ルーン文字のほかにも、ホルガ村はスウェーデン語がネイティブなはずなのに、英語が非常に堪能だったり、違和感を感じる。

これらのことから、意外と新興的なカルトなのではないか、と思わされる。

嘘その2

9人の生贄で火を付けるシーンを思い出してほしい。「痛みを感じない薬」といって立候補した村人に摂取させているが、結局苦しんでいる。これが単なるカルトである証拠で、嘘で塗り固めていることを示唆しているシーンとも取れる。(立候補するくらいの信心深い村人は残したほうがいいと思うけども…)

死=褒美(報酬)だったりするので、北欧神話的に見て別世界へとアセンション(次元上昇)したのではないか。しかしそれを証明することができないので、薬でラリって神秘的な現象を錯覚させているという裏付けにほかならない。

考察6.結局ダニーはなぜ笑ったのか

気が触れた説

ただでさえ不安定なダニーが、妹と両親を失い、彼氏は自分の誕生日を忘れているほどに無頓着で、スウェーデンのホルガ村に来て落ち着くと思えば『他人の自殺』を肉眼で2度も目撃し、家族の死と孤独を連想させられる。

そこに薬漬けの状態で、彼氏の他人とのセックスシーンを目撃した上に、村人たちと共鳴・共有する異質さにどっぷりと浸かってしまった。

その結果「気が触れておかしくなって笑った」という説。(余談だが、『ヘルター・スケルター』では「笑いと叫びはよく似ている」と言われているので、これは叫びとも取れる。)

不安定さからの解放説

不安定さを蓄積する日常生活から、ホルガ村でアッテステュパンを目撃したことにより、今までより感情を止められなくなった。

自分と合わない破局寸前の彼氏と、失った家族への渇望、理解してくれないアメリカの人間と土壌。これらを、ホルガ村の人たちは共有する共同体(コミューン)として過ごしてくれる家族となった。そして、そこに導いてくれたペレがいる。

上記の環境と、その後の9人の生贄でメイ・クイーンの権利でクリスチャンを殺す選択をしたことにより、「今までの不安定さから開放された」とする説。

考察7.異教への皮肉

冒頭に、『ミッドサマー』が北欧神話の「9」を押していると述べたが、ここでなぜ北欧神話をダメ押ししてきたのかがわかる。

クリスチャンという名前

最高に皮肉な名前だと思う。王冠を被った少女と熊の絵が、ラストの生贄の選択シーンと重なるのだが、もっと深読みすると「キリスト教徒である人間をベルセルクに模して火を放つ」という行為がおぞましい。

キリスト教文化に淘汰された北欧神話にとって、ベルセルクは乱暴なイメージとは別で「勇敢な戦士」という意味も持つ。

また、ベルセルクはや狼の毛皮を被った戦士で、火に強いとされている。

つまり「クリスチャンに熊の死骸を着させて生贄として火を放つ」という生贄の行為は、究極のキリスト教へのアンチテーゼとも取れる。ホルガ的には褒美なんだろうが…。

でなければ、ダニーの彼氏の名前はクリスチャンではなく、別の名前になっていただろう。

他にも、ジョシュはヨシュア、マークはマルコ、ダニーはそのままダニエルか。

そういう意味ではダニーはダニエル書からすると(ホルガというカルトに)「大いに愛せられている者」であることに合致する。(逆に言えば、ダニエルとは真逆で孤独の道にいたわけなので皮肉とも取れる。)

考察のまとめ
  • 絵はネタバレ
  • ペレは嘘つきで策略でホルガ村へとみんなを導いた
  • 薬漬けのお祭り村は洗脳がすごい
  • 90年に一度は嘘かもしれない
  • キリスト教へのアンチテーゼ
  • ホルガ村での死=救済(褒美/報酬)

映画「ミッドサマー」はどこで見れる?

『ミッドサマー』の映画館(上映館)

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ユアタリ
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20代ゲイ。映画と漫画好きのしがない会社員。Netflix・Amazonプライムユーザー。長生きはしたくないタイプ。 詳しくはこちら